ブックレビュー【ジャックポット】筒井康隆短編集 亡き息子との「再会」を描いた『川のほとり』は、魂の声なき慟哭

筒井康隆さんの2017年から2021年までに発表した短編集をまとめた一冊。
最後の一編が『川のほとり』だ。
前年に急逝した筒井さんの一人息子と、夢の中の”川のほとり”で再会する物語だ。

筒井さんの一人息子、画家の筒井伸輔さんは、2020年2月、食道がんのため急逝されます。享年51歳。

『川のほとり』は、ひらがなの多い優しい文章でつづられている。
筒井作品の中に、こんなに優しい文体の物語、他にあったかな。

筒井さんは、三途の川らしき場所に自分と息子がいることに気がつき、息子に話しかけます。

「ここは冥途か。それともわしの見ている夢なのかね」
息子は困った表情で苦笑した

夢だと知りつつ、筒井さんは息子との会話を続けます。
夢だと知っているからこそ、懸命に喋り続ける。喋っている間は息子は消えないだろうと、夢中で喋り続ける。

「母さんは元気」と、伸輔が訊ねる。
「元気だよ」

夢だとわかっているから、やがてこの会話は全て一人語りだと気がつく。

今のお前の姿も表情も、そして言うことも、すべてわしの意識の産物ってことになるなあ。(中略)
だとすると、つまらんなあ

そう語る父に、息子はちょっと真顔になって、「そうでもないんじゃないかな」と言う。

息子に何か面白いことを言わせようとするなら、父は懸命に、どんなことを息子が言えば面白いかを考える。それは父の無意識の底の方からやってくる、と息子は言う。
つまり、父親は夢の中で、そう分析している。

なるほどなあと思いながらも、父はこう考えるのだ

今息子が言ったことも、そもそもはおれの考えたことなのだ。

筒井さん本人の魂が、声なく、言葉なく、静かに慟哭しているような一文だ。
息子はもういない。

息子と語れば語るほど、それが自分の意識の産物であることを思い知らされる。
それでもなお会話が途切れることを怖れ、必死に言葉をつなぐ。
息子は喋るごとに、表情さえ変わる。

息子に聞きたいことを聞く。
一方で、本当は聞きたくないことは、息子は絶対に言わないであろうとわかっている。すべては自分の一人語りだと知っているから。

なおもしゃべり、しゃべり、息子を褒め、残された妻子はまかせておけと安心させる。

亡くなってから一年の間の筒井さん(と恐らく母親の)の胸の内が、たった7ページの短編の中に、痛いほどあふれている。
その何十倍もの想いと慟哭が、たった数枚の原稿用紙につづられている。

そして物語は、夢の中に母親を現れるところで終わる。

「あ、父さん」息子がおれの背後を指さして言う。「母さんが来たよ」

ここで、唐突に物語は終わる。

続きがあるとしたら、筒井さんは今度は母親の役になって、息子と話をするのだろうか。
この夢がさめないように、あるいは無意識に、母親の心の奥も確認したいと思っているのかもしれない。

『川のほとり』は、2021年1月7日発売の「新潮」2月号に掲載された作品だ。

その直後、『ジャックポット』という単行本として発行されたが、本の挿画は、息子・筒井伸輔氏の作品だ。
ミツロウを使って昆虫を描く独特の手法なのだそうだ。

20220918-3

『川のほとり』で、息子の名前が実名で描かれていることが、なお悲しさをさそう。
魂が慟哭している。


この記事を書いた人

mirai

こんにちは
潜在意識にひそむ前世や今世の記憶を確認し、未来の自分に活かすことで、根本的に今の生き方を変えるヒプノセラピー(催眠療法)を行う、我妻みらいです。
外資系石油会社、外資系医療機器メーカーを経て、現職へ。
輪廻転生は大学の卒論から取り組んでおり、筋金入りの日本の神様おたくでもあります。